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1961年・フェラーリの転機

まず最初にお断りしておくと僕はフェラーリ・マニアではありません

所有したこともないし、彼らの歴史にも詳しくないのですが
客観的に書かれただろう記録を翻訳することは出来ます

その歴史の一部、周辺の人物について数回に分けて書いてみようと思います
最終的にはいくつかの記事としてウィキペディアに載せるつもりです
(フェラーリ関連の本を読んだ方には旧知の内容ばかりになるでしょう)

1929年からアルファロメオのセミワークスチームとして
活躍したスクーデリア・フェラーリ

1939年、アルファロメオと訣別

1947年には高級スポーツカーの生産を開始
様々なレースで活躍します

1961年、フェラーリとしては初のミッドシップF1マシンをデビュー
いきなりチャンピオンを獲得、ここまでは順風満帆
エンツォという類稀なカリスマのもと発展を続けてきました


"シャークノーズ" 156F1
SharknoseFerrariyellow.jpg



でも、その年の11月

フェラーリは大きなピンチを迎えることになります

それはエンツォの独善的で強硬な性格が招いた出来ごと

長年頼りにしてきた販売部門の責任者、ジローラモ・ガルディーニ
エンツォの奥さんが経営に口出しすることを嫌がりました

「おれ(会社)かあの女かどっちか選べ、この野郎!」ぐらい言ったんでしょうか

・・・結果、ガルディーニはクビ

さらに彼の主張を支持した重要な人材も同時に排除されてしまいます

スクーデリア・フェラーリのリーダー:ロモロ・タヴォーニ
エンジン開発責任者:カルロ・キティ
新型車開発責任者:ジョット・ビッザリーニ
最有力顧客チームのオーナー:ジョヴァンニ・ヴォルピ


販売部門はガタガタ
タヴォーニのチームがいないと車両のテストが出来ない
社運を賭けて開発していた250GTOの担当者もいない

さすがに「フェラーリはもうお終いだ」という雰囲気だった様です

結果的には新しい人材が躍進し、なんとかピンチを乗り切りました
翌年に発表した250GTOは極めて高い評価を受け、
フェラーリというブランドを絶対的なものに引き上げます

250gtosilverrear.jpg

ル・マンでのフォードに対する完敗、フィアットによる買収はこの少し後のこと

エンツォ・フェラーリという人をよく表している言葉

「レーシングマシンとは、強力なエンジンを造り、4つの車輪をつけたもの」

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

ヒルクライム、2010年

イタリア語の説明が読めないのでよくわかりません
元WRC、元DTM、キットカーなど多彩かつ過激な車両達
こういうのが間近で観たい!

(画面右下のYouTubeロゴをクリックすると別画面で開きます)

  

ワイプアウト・シーズン4、ベスト1/3

アメリカのSASUKEというか風雲たけし城、ワイプアウト
大怪我する人いないのかな
僕は大好きです、こういうの

  



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